介護業界の深刻な人材不足と資格取得による長期雇用の重要性
外国人材が直面する介護福祉士試験の「高い壁」
日本の介護業界は、高齢化の進展により介護需要が高まる一方、生産年齢人口の減少により、深刻な人材不足に直面しています。このような状況下で、外国人介護人材の雇用は事業継続のための必須戦略となっており、全国の介護施設の44.9%が既に受け入れ、57.4%が増やしたいと考えています。外国人材は、介護業界の人材不足解消に効果があると考えられています。
外国人介護人材のキャリアアップにおいて、介護福祉士の国家資格取得は極めて重要です。この資格を取得できれば、在留資格「介護」へ移行でき、在留期間の更新制限がなくなり、家族の帯同も可能となるため、永続的な雇用が実現します。在留資格「介護」を持つ外国人材は、指導や計画立案など、業務の制限なく働くことができ、施設側にとってもリーダー候補として長く活躍してもらえるという大きなメリットがあります。
しかし、日本の介護福祉士国家試験は、外国人受験者にとって極めて困難な挑戦となります。日本語での受験となるため、専門用語の理解や漢字の読み書き、日本特有の制度への理解など、日常会話レベルを超える言語的・文化的な壁が存在します。この制度的な壁により、EPA(経済連携協定)で来日した候補者も含め、国家試験の合格率は依然として低い水準に留まっています。
特に、即戦力として期待される特定技能の外国人材(在留期間は通算5年が上限)や、技能実習生は、5年以内に資格を取得できなければ原則として帰国せざるを得ません。そのため、施設側には、この難関試験を突破させるための体系的な支援が強く求められます。
資格取得がもたらす外国人材と施設側のメリット(永続的雇用への道)
介護福祉士資格を取得することは、外国人材自身のキャリアにおける大きな転機であり、施設側にも計り知れないメリットをもたらします。
- 長期的な安定雇用と定着率向上: 資格を取得し、在留資格「介護」へ移行することで、在留期間の制限がなくなり、長期的な雇用が可能になります。資格を取得した職員は「努力が報われた」と実感し、その後のモチベーションと定着率が飛躍的に向上します。
- 専門性の向上とリーダー育成: 資格取得に向けた学習を通じて、外国人材は介護の知識を体系的に学ぶことができます。普段何気なくこなしている業務の意味や理由を改めて理解できるため、介護の質が向上することが期待されます。合格した外国人材は、他の外国人スタッフのロールモデルや指導役(リーダー候補)になりえる存在となり、チーム全体の活性化にもつながります。
- 施設の信頼性向上と加算要件への貢献: 介護福祉士資格保有者の割合は、施設運営上とても重要であり、一定の割合を満たせない場合、介護加算がつかなくなるなど、収入減や現場のクオリティ低下リスクにもつながります。資格取得は施設の介護サービス体制の強化に貢献します。
外国人受験者の合格率が低い構造的な理由と日本語能力の課題
合格率の現状と在留資格別の差(ベトナム人候補者の成功要因)
介護福祉士国家試験は、国家試験の中では比較的合格しやすい傾向にあり、第37回試験の全体の合格率は78.3%と高水準を維持しています。
しかし、外国人材に限定した場合、状況は一変します。第37回試験における外国籍の在留資格別合格率は、特定技能1号で33.3%、技能実習生で32.3%、外国人留学生で35.1%と、いずれも30%台という低い水準にとどまっています。全体の合格率との間には40ポイント以上の大きな差があり、外国人受験者が乗り越えなければならない特有の高い壁が存在します。
一方で、ベトナムのEPA介護福祉士候補者の合格率は、第36回(令和5年度)試験で86.4%と、日本人を含む全体の合格率(82.8%)よりも高い結果を記録しています。これは、インドネシアやフィリピンのEPA候補者の合格率(第36回で22.2%〜21.3%)と比較しても圧倒的です。
この高い合格率の背景にあるのは、日本語力です。ベトナムのEPA介護福祉士候補者は、入国要件としてJLPT N3以上が求められていますが、これはインドネシアやフィリピンのN4/N5要件と比較して大きな差があります。N3とN5の差は、勉強時間にして約350時間にも上るとされています。このデータから、外国人の介護福祉士試験の合格のポイントは、高度な日本語力にあることが明確にわかります。
専門性の広さと筆記試験に必要な「N2レベル以上」の日本語力
外国人受験者の合格率が低い主な理由は、以下の複合的な要因にあります。
- 出題範囲の広さと専門性の多岐: 筆記試験は、人間と社会、こころとからだのしくみ、医療的ケア、介護の4領域、12科目群から構成されています。人体の構造や病気の知識、日本の社会保障制度、関連法規など、学習すべき内容は多岐にわたり、全てを母国語ではない日本語で学習しなければならないため、想像を絶する負担となります。
- 高度な日本語能力の壁(N2レベル以上が必須): 合格の目安とされる日本語力は、日本語能力試験(JLPT)のN2以上です。これは、単に日常会話ができるというレベルを遥かに超えています。
- 専門用語の頻出: 「嚥下(えんげ)」「誤嚥(ごえん)」「褥瘡(じょくそう)」といった医学・福祉分野特有の専門的な言葉が数多く出題され、漢字を読んで理解できなければ解答できません。
- 長文・複雑な文章: 問題文は長く、回りくどい表現や複雑な文法が使われることが多いため、設問の意図を正確に読み解く高い読解力が不可欠です。
- 事例問題の難しさ: 実際の現場では対応できていることが、紙の問題文(事例問題)になった途端に解答できなくなるという現象が起こります。これは、筆記試験のための語彙力や読解力は、机に向かった勉強でしか身につかないためです。
これらの課題から、外国人材が介護福祉士試験に合格するためには、日本語力と専門知識の習得を両立させ、計画的な試験対策が求められます。
合格突破に必須な「学習時間」確保と施設による具体的支援策
体系的な学習計画(5つのステップ)と勤務中の時間確保
外国人スタッフが働く中で試験を突破するためには、施設全体で学習時間を確保し、体系的な計画を立てて支援することが不可欠です。特定技能や技能実習コースの外国人材は、養成校や外部からのサポートが不足しがちであり、学習が本人任せになることが多いです。施設側が「一緒に学習計画を立てる」姿勢を見せることが、支援の信頼関係の土台となります。
外国人スタッフのための合格支援「5つの実践ステップ」:
- 意識付けと受験資格の確認(Step 1):
- 早い段階(入職時など)から介護福祉士を目指すよう意識付けをする。
- 在留資格、実務年数(3年以上の実務経験、1,095日以上、かつ従事日数540日以上)、実務者研修の修了状況など、受験資格を書類ベースで確認する。
- 日本語力の把握と学習環境の整備(Step 2/4):
- 本人の日本語力(目標はN2レベル)を把握し、それに応じた適切な教材を選定する。
- 勤務時間内での研修受講を認め、週1回など学習時間を施設内に確保する。
- 勉強計画づくりと模擬試験の活用(Step 3):
- 学習スケジュール表を作成・配布し、「いつまでに、何を、どこまでやるか」を具体的に設定する。
- 試験直前期(1〜2か月前)には、過去問や模擬試験を導入し、出題傾向と時間配分を掴ませる。
- 現場の協力体制とモチベーション管理(Step 4):
- 学習日のシフトを調整し、現場全体の協力体制を構築する。
- 日本人スタッフや合格した先輩が「頑張って」と声かけを行う。小さなサポートの積み重ねが、安心感につながります。
- 試験申し込みから合格後のフォローアップ(Step 5):
- 受験のための書類作成や証明書の取得など、手続き面のサポートを行う。
- 合格後には、昇給や職務内容の見直し、合格後のキャリアパスと処遇の明示を行い、「努力が報われた」と実感させる。
知識定着のためのインプット・アウトプット支援
外国人材が直面する課題の一つは、学習教材が少ないことです。また、既存の日本人向け教材の解説を読んでも、日本語が難しくて理解できないという壁に突き当たります。
- インプットとアウトプットのバランス: 学習効率を最大化するためには、知識を頭に入れる「インプット」(参考書を読む、講義動画を見る)と、知識を使って問題を解く「アウトプット」(問題を解く)をバランス良く繰り返すことが極めて重要です。問題を解くことで、自分が何を理解できていないかが明確になります。
- 多言語教材の活用: 日本語での学習が難しい箇所については、多言語で提供されている専門用語集や一問一答形式の教材を活用することが有効です。また、母国語で教わる方が理解が早く、合格率も上がりやすい傾向があるため、国別の通信講座(オンライン)を受講させることも効果的です。
- 隙間時間の活用: 不規則なシフト勤務が多い介護職において、勉強時間の確保は大きな課題です。通勤中の電車や休憩時間など、日々の生活の中にある「隙間時間」を徹底的に活用できるような、スマートフォン対応のアプリやeラーニングの導入が効果的です。
現場が活用すべき公的・外部学習支援ツールと教材
厚生労働省が提供する無料の多言語学習コンテンツ
外国人介護人材の雇用を支援するため、厚生労働省(補助事業)は、日本語教育および試験対策に関する質の高い学習コンテンツを無料で提供しています。
- 日本語自律学習支援WEBコンテンツ「にほんごをまなぼう」: このWEBコンテンツは、日本語を学び、日本の介護現場で働く外国人の方々が自律的に学習に取り組むための支援ツールです。日本語能力試験のN3程度合格や特定技能評価試験対策を目的としており、日本語学習や日本の介護に関心のある方であれば誰でも無料で利用できます。
- 介護の特定技能評価試験学習用テキスト: 介護分野の在留資格「特定技能」の「介護技能評価試験」「介護日本語評価試験」の合格を目指すための学習用テキストが、多言語で提供されています。
- 外国人のための介護福祉専門用語集: 介護現場で働くときに使う、介護福祉分野の専門用語を学ぶための教材であり、多言語(英語、インドネシア語、ベトナム語、中国語、タガログ語、ヒンディー語など)で提供されています。
- 外国人のための介護福祉士国家試験一問一答: 日本の国家試験である介護福祉士試験の合格を目指す外国人の方向けに、一問一答形式の教材が多言語で提供されています。
これらの公的教材を、日本人スタッフによる勉強会の開催や、学習進捗管理のための教材として活用することが、現場の指導負担を減らす上で非常に有効です。
外部専門機関によるオンライン講座の活用と試験対策
「日本語学習のサポートまで手が回らない」「専門的な試験対策講座を実施するノウハウがない」という課題を抱える施設が多いのが実情です。指導する職員の負担が大きいことは、受け入れに対する懸念事項としても挙げられています。
この課題を解決するためには、外国人材教育の専門機関が提供するオンライン講座の活用が有効です。
- コストパフォーマンスの高さ: 外部のオンライン講座を活用することで、専門的な日本語教育や試験対策をコストを抑えながら体系的に支援することが可能になります。
- 日本語力強化から試験直結の対策まで:
- 基礎固め: 介護福祉士試験の土台となる日本語能力(N5〜N2レベル)を固めるためのレッスン。
- 試験直結対策: 試験で問われる語彙力と読解力を強化し、ケーススタディや過去問演習を通じて、制限時間内に問題を解く訓練を行う集中講座。
- 専門性の担保: 介護事業所での勤務経験のある日本語教師が講座を担当するなど、介護と日本語教育の両方の専門性を持つ講師による指導は、合格をサポートする上で大きな強みとなります。
- 学習管理: eラーニングシステムは、利用者一人ひとりの学習状況が確認できる管理画面を備えている場合があり、担当者が進捗管理にかける時間を短縮できます。
外部サービスを利用することで、現場に負担をかけずに、外国人スタッフ一人ひとりのレベルとペースに合わせた学習機会を提供することが可能になります。
育成コストを無駄にしないための定着支援とキャリアパス
資格取得後の待遇改善とリーダー・管理者への育成
外国人介護人材を“介護福祉士”に育てることは、単なる資格支援ではなく、人材定着と施設の未来への投資です。資格取得後の処遇やキャリアパスが不明確である場合、転職されてしまうリスクが高まります。
- 日本人と同等の待遇の保証: 外国人介護人材の定着に向けては、57.9%の施設が「日本人と同等の待遇(給与面・キャリアパス等)」を重視しています。資格取得後には、基本給の向上など、待遇を改善することが不可欠です。
- 明確なキャリアパスの明示: 合格後、在留資格「介護」へ移行した外国人材に対し、主任やリーダー職への昇進機会を提供することで、長期的なモチベーションの維持につながります。実際に、評価の高い人材には役職をつける支援を行っている施設もあります。
- 組織の中核人材としての活用: 外国人材がリーダーシップを発揮することで、日本人スタッフと外国人スタッフの橋渡し役としての役割も期待でき、多様性を受け入れる組織文化の醸成に貢献します。
施設全体の協力体制と「誰が、何を」支援するかの明確化
外国人介護人材の雇用を成功させ、育成を継続するためには、現場任せにせず、支援を「仕組み化」することが重要です。
- 支援体制の見える化: 支援がうまくいかない施設の共通点として、支援責任者やスケジュール管理の不在、つまり現場任せで支援が形骸化してしまうことが挙げられます。これを避けるためには、「誰が」「どのタイミングで」「どんな支援を行うのか」(例:学習指導、面談、生活支援、手続きサポート)を明確にし、管理者が進捗を見える化することが大切です。
- 支援内容の多様性: 施設が行っている支援策として、介護福祉士国家試験対策の支援を42.6%の施設が実施しているほか、給与処遇やキャリアパスの確立(49.8%)や日本語、介護導入研修の実施(60.4%)も重要な支援として行われています。
- 制度の活用: 人手や予算が不足する場合、修学資金貸付制度や、研修費・教材費などを補助する外国人介護人材支援事業など、国や自治体が提供する公的制度や助成金を活用することで、費用負担を軽減することができます。
外国人材を介護福祉士に育てるという投資は、介護サービスの質的向上、チームの活性化、そして長期的な人材の安定という、計り知れないメリットをもたらします。難関試験の突破は、本人にとっても施設にとっても、活躍と貢献が続く“スタートライン”となるのです。
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