介護分野における外国人材のリーダー
日本の介護業界は、超高齢社会の進展と生産年齢人口の減少に伴い、深刻な人材不足という構造的な課題に直面しています。この課題を解決し、将来にわたり質の高い介護サービスを提供し続けるためには、外国人材の採用が不可欠な戦略となっています。
多くの施設では、即戦力として期待される特定技能制度(利用率64.8%)や、技術移転を目的とする技能実習制度(利用率41.6%)を活用していますが、これらの制度には在留期間の制限という大きな制約があります。
短期的な労働力確保に留まらず、長期的な組織運営を担う高度なスキルとコミットメントを持つ人材を確保するため、企業が今、戦略的に取り組むべきなのが、介護福祉士国家資格を保有する外国人を対象とした在留資格「介護」の活用です。
在留資格「介護」は、在留期間の制限がなく、家族帯同も認められるため、永続的な雇用を実現する唯一の道筋です。本稿では、この国家資格保有者をリーダー候補として確保し、長期雇用を実現するための具体的な戦略と、企業が講じるべき育成・支援策を徹底的に解説します。
なぜ在留資格「介護」が長期雇用戦略の鍵となるのか
外国人介護人材を受け入れる在留資格には、特定技能、技能実習、EPA(経済連携協定)、そして在留資格「介護」の4種類があります。在留資格「介護」は、これらのうちで最も高い専門性と長期的な定着を保証する資格であり、企業の持続的な成長に不可欠な人材獲得手段です。
将来の日本の介護や医療は分野は、彼らなしでは語れない状況になっているのです。
介護人材の不足感と「介護」ビザへの期待
外国人材の受け入れが進む中で、即戦力性の高い特定技能の利用率は最も高いですが、今後の外国人介護人材の方針として「増やしたい」「やや増やしたい」と回答した施設のうち、49.7%が在留資格「介護」を増やしたいと回答しています。
施設が在留資格「介護」を求める最大の理由の一つは、「比較的長期の雇用が期待できる」点であり、これは回答した施設の39.1%に上ります。特定技能や技能実習では、最大5年や最長10年といった期間制限があるため、企業が時間と費用をかけて育成した人材が途中で帰国してしまうというリスクが付きまといます。
一方で、在留資格「介護」を持つ人材は、「介護人材が不足している」という深刻な現状(72.8%)を背景に、長期的な戦力として期待されています。さらに、在留資格「介護」の人材は「優秀な人材が多い」という評価も34.9%の施設から得ています。
在留資格「介護」の最大の特徴:永続的な在留と家族帯同
在留資格「介護」が他の在留資格と決定的に異なる点は、永続的な雇用を前提としている点です。
- 在留期間の制限なし: 在留資格「介護」は、介護福祉士の国家資格保有者を対象とする就労ビザであり、在留期間の更新に制限が設けられていません。これにより、特定技能のような5年間の期限に縛られることなく、企業は人材を将来の幹部候補として長期的に育成する計画を立てることができます。
- 家族帯同の実現: 在留資格「介護」の保持者は、「家族滞在」の在留資格で家族の帯同(配偶者や子供)が可能です。これは、外国人労働者が日本に生活の基盤を築き、永続的な定着を決断するための極めて重要な要素となります。特定技能は原則として家族帯同が認められないため、この点は大きな違いとなります。
長期的な定着は離職率の低下に直結します。日本人スタッフと待遇差がなく、外国人向けの教育や支援が充実している施設では、外国人スタッフの転職、移動はグループ内で柔軟に対応しており、一旦帰国してしまうと再入国が困難になることもあるため、国内での柔軟な対応も定着に有効であるとされています。
国家資格が証明する高度なスキルと日本語能力
在留資格「介護」を持つ外国人材は、単に労働力として優れているだけでなく、高度な専門性と高い日本語能力を備えていることが証明されています。
在留資格「介護」を取得する条件は、日本人と同様に介護福祉士国家試験に合格することです。この国家資格の保有は、専門的・技術的な分野で働く能力が保証されることを意味します。彼らは即戦力として期待できるだけでなく、専門性が高いため、将来のリーダー候補としても期待されます。
また、国家試験はすべて日本語で行われるため、合格者は業務上のコミュニケーションに問題がないと考えられます。多くの施設が外国人材に対し日本語能力N3以上の水準を希望していますが(74.6%の施設が希望)、国家資格の取得は、専門用語の理解や日本特有の制度への理解など、日常会話レベルを超える高い言語的能力を証明しています。
組織の中核を担うリーダー候補を育成する戦略
在留資格「介護」を持つ人材を組織の中核として活用し、リーダー候補とするためには、既存の特定技能や技能実習の人材を計画的にステップアップさせるための育成戦略が不可欠です。
特定技能・技能実習からのステップアップルートの設計
在留資格「介護」を持つ人材を確保する最も現実的な方法は、すでに自社で雇用している特定技能や技能実習の人材を育成し、国家資格を取得させることです。
特定技能「介護」は最大5年間の在留期間が上限ですが、その期間中に介護福祉士国家資格を取得すれば、在留資格「介護」に変更して永続的に働くことができます。同様に、技能実習期間中に国家資格を取得すれば、在留資格「介護」に変更して日本で永続的に働くことができます。
このルートを成功させることで、企業は以下のメリットを得られます。
- 既存の知識・文化の継承: 特定技能や技能実習を通じて、すでに自社の介護文化や業務フローに慣れている人材を長期雇用できる。
- 実務経験を活かした資格取得: 実務経験3年を経て国家試験に合格すれば資格を取得できるため、現場での経験を資格取得に直結させることが可能となる。
企業は、特定技能の外国人材に対し、早い段階から介護福祉士を目指すよう意識付けをすることが重要です。
国家資格取得という高い壁を越えるための体系的支援
介護福祉士国家試験は、外国人材にとって日本語・内容ともに難易度が高いという大きな課題があります。専門用語の理解、漢字の読み書き、日本特有の制度理解など、高い言語的・文化的な壁が存在し、試験が年に1回のみの開催であることも、現場にとって大きな悩みとなっています。
この難題を乗り越えさせるため、施設は計画的かつ体系的な支援体制を構築する必要があります。
- 資格取得支援の実施と費用負担: 受け入れ施設のうち、42.6%が介護福祉士国家試験対策の支援を実施しています。支援を具体化するには、介護職員初任者研修から実務者研修、そして国家試験へと、段階的にステップアップできる環境を整備することが効果的です。また、勤務時間内での研修受講を認めたり、受験費用を施設が負担する制度を導入したりすることで、学習意欲を高めることができます。
- 日本語力向上のための集中サポート: 外国人介護人材の悩み事として「日本語の習熟度が低い」が51.1%で最も多く挙げられています。定着期間に応じた支援策として、「さらなる日本語学習の機会」を重視する施設も多いです。
- 公的学習ツールの活用: 厚生労働省は、日本語能力試験N3程度合格や特定技能評価試験対策を目的とした無料のWEBコンテンツ「にほんごをまなぼう」、多言語対応の専門用語集、国家試験一問一答教材などを提供しており、これらを活用した体系的な学習サポートが有効です。
- 国試対策講座: 母国語で教わるのが理解が早く、合格率も上がりやすい傾向があります。ベトナム語、インドネシア語など、国別の対策講座を実施している教育機関の通信講座(オンライン)を受講させるなど、外部リソースを活用したサポートが有効です。
資格取得後のキャリアパスの明示と昇進機会の提供
在留資格「介護」への移行はゴールではなく、リーダー候補としてのキャリアのスタートです。人材の長期的なモチベーションと定着を維持するためには、資格取得後の明確なキャリアビジョンを示すことが不可欠です。
- キャリアパスの整備と明示: 施設内での給与処遇やキャリアパスの確立、労働条件等の整備を実施している施設は49.8%に上ります。入職時から5年後、10年後のキャリアビジョンを共有し、介護福祉士取得後のリーダー職、ユニットリーダー、または主任などの管理職への昇進といった具体的な道筋を提示することが重要です。定期的な個人面談を行うことも、目標達成に向けた支援を継続するために重要です。
- 昇進機会と公正な評価: 資格取得後は基本給の向上だけでなく、リーダー職への昇進機会を提供することで長期的なモチベーションの維持につながります。自由記述では、「評価の高い人材には役職をつける」という取り組みも挙げられています。 評価基準は、日本語能力だけではなく、実際のケアの質や介護技術、チームワークなど、多角的な評価項目を明確にし、文化的な違いを考慮した公平な評価シートを作成することが重要です。
- 組織の中核人材としての活躍: 介護福祉士資格を持つ外国人材は、他の外国人スタッフに対する中間管理者としての役割を担い、チーム全体のスキル向上や業務の円滑な運営を促進することが期待されます。実際に外国人材を主任やリーダーとして育成し、成功している介護施設も増えています。
長期定着とリーダーシップ発揮を支援する運用体制
在留資格「介護」の人材を組織の中核として機能させ、長期的な定着を確実にするためには、制度的支援(キャリアパスなど)に加え、現場レベルでの運用と生活サポートが不可欠です。
日本人職員と同等以上の処遇(給与・待遇)の徹底
外国人材の離職・転職リスクを防ぎ、長期定着を促すための最重要課題は、待遇の公平性です。
- 待遇の同等性: 外国人介護人材の定着に向けて、57.9%の施設が「日本人と同等の待遇(給与面・キャリアパス等)」を提供することを重視しています。日本人スタッフと待遇差を設けないことが、長期的な雇用を成功させる基本です。
- 収入確保への配慮: 外国人スタッフからは、収入を増やすために長時間労働を希望する声も少なくありません。法令遵守を徹底し長時間労働を回避しつつも、なるべく早く夜勤ができるよう育成し(夜勤手当がついて手取りが増える)、生活を支える収入を確保できるようにすることが、人材育成における重要な視点です。
職場における文化・言語の壁への対応と生活サポート
外国人材が仕事に集中するためには、日本での生活基盤と、職場における心理的な安全性の確保が欠かせません。
- 住環境の整備と生活支援: 外国人介護人材に関する悩み事として、自由記述で「地域の理解不足(外国人にアパートを貸さないなど)」といった住居確保の難しさが挙げられています。このため、受け入れ施設が実施している支援策の中で最も多いのが、住宅の提供や法人保証人などを含む住居支援であり、84.7%の施設が実施しています。 また、買い物補助、病院の付添い、行政手続きなど生活支援を78.0%の施設が実施しています。日本の生活におけるルール(ゴミの分別、掃除、交通ルール、お風呂の使い方など)を十分に伝えることも、トラブル防止のために重要です。
- 異文化理解と心理的安全性: 外国人介護人材に関する悩み事として、「文化の違い(宗教・習慣)」が39.6%で上位に挙げられています。日本の「おもてなし」や「察する文化」など、マニュアル化されていない「暗黙の期待」を理解することが外国人材にとって困難な場合があり、これが評価や昇進の機会に影響を及ぼすことがあります。
- 文化の尊重: 宗教的な行動・習慣に配慮した支援を行うなど、相手の国の文化や信仰を尊重し、「働きやすい」環境を整えることが定着のコツとされています。
- 日本人スタッフの理解促進: 外国人材の昇進に対する理解を得るため、異文化理解の研修を実施して多様性の価値を共有することが重要です。日本人スタッフと外国人スタッフがペアを組んで業務を行う機会を増やすなど、相互理解を深める取り組みも有効です。
- コミュニケーションの工夫: 重要な申し送り事項など、日本人同士のスピード感で話さず、ゆっくり、簡単な日本語でコミュニケーションを取るなど、受け入れ側が配慮していく必要性があります。
組織の多様性を活かすリーダーシップとチームワークの醸成
介護福祉士資格を持つ外国人材がリーダーシップを発揮することで、組織全体に多様性がもたらされ、介護の質の向上に貢献することが期待されます。
- 日本人職員への好影響: 資格を持ち、優れた接遇面を持つ外国人材は、日本人職員に見習うべき点も多く、病棟スタッフへの良い刺激となることがあります。外国人材がリーダーになることで、組織文化に多様性がもたらされ、日本人職員の働き方を見直すきっかけとなることも期待できます。
- 利用者への新たな価値: 外国人材の文化的背景を活かした独自のケアアプローチを導入することで、利用者との異文化交流が生まれ、日常生活に新鮮な刺激をもたらし、利用者の満足度向上が期待できます。
- 組織的なトラブル対応: 28.9%の施設で何らかのトラブルが発生しており、内訳として「職員等社内トラブル」が30.3%で上位に挙がっています。外国人材がリーダーシップを担うことで、指導内容の解釈の違いや、日本人スタッフとの認識の違いなど、多国籍の職場環境で発生する調整が必要な場面において、迅速に対応することが期待されます。
- 国家資格取得に向けた体系的な支援: 外国人にとって極めて困難な介護福祉士国家試験合格に向け、費用負担や公的学習ツール(「にほんごをまなぼう」など)を活用した体系的な教育プログラムを提供すること。
- 日本人職員と同等以上の待遇とキャリアパスの保証: 57.9%の施設が重視する「日本人と同等の待遇」を提供し、資格取得後のリーダーや管理職への昇進機会を明示すること。
- 文化を尊重した生活基盤の確保: 住居支援や、文化的な配慮(宗教・習慣)を通じた心理的な安全性の高い職場環境を構築すること。
まとめ:在留資格「介護」人材との共生が切り拓く未来
在留資格「介護」を持つ国家資格保有者は、日本の介護業界における人材不足の根本的な解決と、介護の質の向上に貢献する、最も重要な戦略的資源です。
特定技能のような在留資格が最大5年という期間制限という課題を抱える中、在留資格「介護」への移行は、人材を単なる「労働力」から、永続的なリーダー候補、組織の中核人材へと変えるための唯一の道筋です。
外国人材を組織の中核として育成し、彼らの専門性と多様性を活かすことは、単なる人手不足の解消に留まらず、日本人職員の働き方を見直すきっかけともなり、介護の質を高め、施設の持続可能な未来を築く礎となるでしょう。今こそ、在留資格「介護」の人材採用・育成に舵を切り、優秀な国家資格保有者と共に、新しい介護の未来を創造していくことが企業に求められています。
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