日本の介護業界は、超高齢社会の進展と労働力人口の減少という構造的な危機に直面しています。この深刻な人材不足を補うために、外国人材の受け入れは不可欠な戦略となっており、全国7,726の介護施設を対象とした調査では、44.9%の施設がすでに外国人介護人材を受け入れていることが明らかになっています。
これまで外国人材受け入れの主要な枠組みの一つであった技能実習制度は、その目的と実態の乖離、および人権侵害のリスクが国際的に指摘されたことを受け、廃止の方向性が示され、今後は「育成就労制度」へと移行します。
この制度の大きな転換期において、介護施設は外国人材採用戦略を根本から見直す必要があります。本稿では、技能実習制度の廃止・移行に伴い、介護施設が直面する変更点、課題、そして長期的な人材確保を実現するための具体的な戦略を解説します。
技能実習制度の廃止に至った背景と「育成就労制度」の目的
技能実習制度は、多くの介護施設で採用実績を持つ制度ですが(利用率41.6%)、その制度的な問題点が、新しい「育成就労制度」創設の直接的な動機となりました。
介護現場が直面する人材不足の深刻度
外国人材採用の背景には、国内の深刻な人手不足があります。内閣府によると、日本の高齢化率は29.3%と過去最高を記録しており、2070年には高齢者1人を支える生産年齢人口の数が1.3人にまで低下する見込みです。
介護労働実態調査によれば、事業所全体の従業員の過不足感について「大いに不足」「不足」「やや不足」を合計すると64.7%に上ります。外国人材は、この人手不足の解消に効果があると認識されており、受け入れ施設の57.4%が今後も受け入れを増やしたいと考えています。介護分野での特定技能外国人在留者数も近年、増加の一途を辿っています。
企業としては、日本語や制度的な課題があり外国人材の採用を前向きに検討できない場合もあると思います。しかしながら、「迫りくる危機:介護/医療x外国人材が日本の未来を左右する」のような現状があることは知っておく必要があります。
技能実習制度が抱えていた構造的課題
技能実習制度は1993年に創設され、2017年に介護分野が追加されましたが、本来の目的は「国際貢献」であり、日本の人手不足を補うものではありませんでした。しかし、実態として労働力確保の役割を果たす中で、さまざまな問題が指摘されました。
国際的な批判が高まった主な問題は、債務拘束(高額な紹介手数料)、極端な低賃金、言葉による暴力、劣悪な労働・居住環境など、強制労働や人身売買に近い搾取といった深刻な人権侵害でした。また、技能実習生は原則として転職(転籍)が認められていないため、待遇や人間関係に不満があっても職場を変えられず、「制度上の問題で業務内容、就業内容や異動等の制約がある」ことが、制度を「減らしたい」理由の一つとして挙げられていました。
さらに、技能実習は複雑な手続きが必要で、採用を進めるにあたっては、外国人技能実習機構や監理団体を通じた研修や実習生のサポートが必要となります。
人権保護と人材育成を両立する新制度への移行
こうした技能実習制度の目的と運用の実態の乖離、および人権リスクの指摘を受け、2023年に有識者会議は制度を統合し、人材育成と人権保障を両立する新制度「育成就労制度」への移行を提言しました。これを受け、2024年6月に改正法が国会で可決・成立し、公布日(令和6年6月21日)から起算して3年以内に施行される予定です。
育成就労制度は、技能実習生を「技術の移転を受ける者」ではなく、「雇用契約に基づく労働者」として受け入れる仕組みである特定技能制度の趣旨を取り入れ、人材育成と人権保障を重視した制度へと生まれ変わります。
対象となる産業分野は介護、建設、飲食料品製造業など、もともと特定技能制度の対象となっていた12産業に加え、自動車運送業などが追加されました。
育成就労制度への移行が介護施設に与える影響と変更点
育成就労制度への移行は、技能実習に依存していた施設にとって採用戦略の見直しを迫ります。特に、人材獲得競争の激化と、育成コストの増加が懸念されます。
制度移行がもたらす採用競争の激化
技能実習制度が廃止され、育成就労制度へ移行するに伴い、外国人材の採用を巡る競争はさらに激化すると予想されます。
- 特定技能へのシフトの加速: 技能実習制度は今後廃止に向かうとの方針を受け、すでに多くの施設が採用戦略を特定技能にシフトしています。特定技能は、技能実習と異なり「人手不足解消」を目的とした制度であり、配属後すぐに人員配置基準に含めることができるなどのメリットがあります。現在、特定技能制度は最も利用率が高く(64.8%)、今後「増やしたい」在留資格としても74.0%の施設が特定技能を挙げています。
- 転職の自由化(育成就労制度): 技能実習制度では転職が原則不可だったのに対し、育成就労制度は転職の自由化が導入される見込みです。特定技能制度ではすでに転職が自由に認められており、これが育成就労制度にも適用されれば、外国人材はより良い条件や待遇を求めて移動しやすくなります。
- 人材獲得競争の激化: 特定技能では、転職が自由に認められているため、待遇面や人間関係に不満があると、優秀な人材ほどより条件の良い施設へ流れるリスクが高まります。これは、施設が外国人材を「日本人と同等の待遇」で雇用し、処遇の改善と長期的なキャリアパスを提示することを強く求められることを意味します。特定技能の採用では、金銭よりも、友人が多数いることや利便性を求めて都会を目指す傾向があり、地方の施設は特に、待遇や生活支援の面で魅力を高める必要があります。
制度変更による受け入れのメリットと課題
育成就労制度が本格的に施行されれば、従来の技能実習制度が抱えていた人権リスクや運用上の制約の一部が解消されることが期待されますが、施設側の負担が増える可能性もあります。
【メリット(人権保護の徹底)】
- 人権リスクの低減: 育成就労制度は人権保障を重視しているため、技能実習制度で問題となっていた高額な手数料や不当な労働環境といった人権リスクを低減できる可能性があります。
- 開設後3年未満の施設での受け入れ緩和: 技能実習制度において、開設から3年以上経っていない施設・事業所での外国人受け入れ制限が緩和されました。運営法人の設立から3年以上経過している場合や、十分なサポート体制が整備されていれば、新規開設の施設でも外国人介護士の受け入れが可能になっています。
【課題(指導負担と費用)】
- 教育・研修の負担: 技能実習の経験から、日本語力の観点で苦労したという現場の声があります。育成就労制度でも、外国人材の日本語力向上のための学習機会の提供や、介護の基礎等に関する講習の実施は、引き続き施設や監理団体に求められる重要な責務となります。
- 経費負担の大きさ: 外国人材の採用には、渡航費や在留資格取得費用に加え、義務的支援の費用(登録支援機関への委託費など)が発生し、日本人スタッフの雇用よりも割高になります。特に給与面を含む経費負担の大きさは、外国人介護人材に関する悩み事として45.8%の施設で挙げられています。
移行期間中に求められる体制の再構築
技能実習制度から育成就労制度への移行期において、施設は人材採用・育成に関する体制を速やかに再構築する必要があります。
- 日本語学習サポートの強化: 外国人介護人材の悩み事として「日本語の習熟度が低い」が最も多く(51.1%)、多くの施設が日本語能力N3以上の水準を希望しています(74.6%)。施設は、日本語学習や介護導入研修を実施しており(60.4%の施設が実施)、厚生労働省提供の無料WEBコンテンツ「にほんごをまなぼう」などの学習支援ツールを活用し、体系的な日本語教育をサポートすることが重要です。
- 指導方法の改善: 現場からは、指導内容の解釈の違いや認識の違いによるトラブルが発生する事例も報告されています。重要な申し送り事項など、日本人同士のスピード感で話さず、ゆっくり、簡単な日本語でコミュニケーションを取るなど、受け入れ側が配慮していく必要性が指摘されています。
- 採用経路の内製化: 不正な手数料や多額の債務を外国人労働者に負わせる現地紹介機関の問題が指摘されており、人権リスクを低減させるため、自社グループ内に紹介機関を設置し、海外の現地人材紹介機関と直接契約できる管理体制を構築する法人事例も見られます。
長期的な人材確保に向けた育成・定着戦略
育成就労制度への移行に伴う人材獲得競争の激化に対応するため、介護施設は外国人材を単なる「労働力」ではなく、組織の中核を担う「長期的な戦力」として育成する戦略へとシフトする必要があります。
即戦力特定技能へのシフトと介護福祉士へのキャリアパス
技能実習制度の制約や廃止の動きを受け、介護施設は「特定技能」を中心に採用を進め、さらにその先にある「在留資格『介護』」(介護ビザ)への移行を促すキャリアパスを設計することが重要です。
- 特定技能の活用と経験者採用: 特定技能制度は、即戦力として期待できる人材を比較的早く現場に投入できます。特に、介護経験1~2年で夜勤経験者など、経験者を採用していく方が即戦力化しやすく、トラブルも起きにくいと考えられています。 また、2025年4月からは特定技能および技能実習の外国人材が一定の条件を満たせば訪問介護サービスに従事できるようになり、活躍の場がさらに広がります。
- 介護福祉士へのステップアップ支援: 特定技能の在留期間は通算5年が上限であり、この制限を解消し、永続的な雇用を実現するには、期間中に介護福祉士国家資格を取得させ、在留資格「介護」へ移行させる必要があります。介護福祉士資格の不合格者に対する経過措置を求める意見も施設から出ています。
- 体系的な資格取得支援: 介護福祉士国家試験は日本語・内容ともに難易度が高く、外国人合格者は少数であるため、施設は介護福祉士国家試験対策の支援を行うことが求められます。初任者研修、実務者研修の取得サポート(費用や手続きなど) や、母国語で教わるオンライン国試対策講座、および厚生労働省提供の多言語対応の学習用テキストや国家試験一問一答教材を活用した支援が有効です。
日本人同等以上の待遇と生活支援の徹底
外国人材が長期的に定着するためには、待遇面で日本人と同等以上であること、そして安心して生活できる環境が必須です。
- 待遇の公平性の保証: 外国人介護人材の定着に向けて、57.9%の施設が「日本人と同等の待遇(給与面・キャリアパス等)」の提供を重視しています。日本人スタッフと待遇差はなく、むしろ外国人向けの教育、支援のほうが充実しているくらいだとする法人もあります。 外国人スタッフが収入を増やすために長時間労働を希望する声もありますが、法令順守を徹底しつつ、なるべく早く夜勤ができるよう育成し(手当がついて手取りが増える)、収入を確保できるようにすることが重要です。
- 明確なキャリアパスの明示: 施設内での給与処遇やキャリアパスの確立、労働条件等の整備を実施している施設は49.8%に上ります。介護福祉士取得後のリーダー職や管理職への昇進機会を提供すること や、評価の高い人材には役職をつけるといった取り組みが定着に貢献します。
- 住居・生活支援の徹底: 外国人介護人材に関する悩み事として、「地域の理解不足(外国人にアパートを貸さないなど)」といった住居確保の難しさが挙げられています。このため、受け入れ施設が実施している支援策の中で最も多いのが住居支援(住宅の提供、法人保証人、優遇した家賃補助など)であり、84.7%の施設が実施しています。自治体と連携した住環境整備(市営住宅の活用など)を国や自治体に対し求める意見も寄せられています。
現場での課題解決に向けた異文化理解と日本語教育
文化の違いやコミュニケーションの壁は、職場内でのトラブルや外国人材の離職につながりやすい課題です。
- 異文化理解の促進と配慮: 外国人介護人材に関する悩み事として「文化の違い(宗教・習慣)」が39.6%で上位に挙げられています。異なる文化背景を持つ外国人材にとって、日本特有の「おもてなし」や「察する文化」など、マニュアル化されていない「暗黙の期待」を理解することは困難であり、これが評価や昇進の機会に影響を及ぼすことがあります。 施設は、宗教的な行動や習慣に配慮した支援を行うなど、相手の国の文化や信仰を尊重し、「働きやすい」環境を整えることが定着のコツとされています。
- 日本人スタッフの理解促進: 外国人材の昇進に対する理解を得るため、日本人スタッフ向けに異文化理解の研修を実施し、多様性の価値を共有することが重要です。外国人材がリーダーになることで、組織文化に多様性がもたらされ、日本人職員の働き方を見直すきっかけとなることも期待できます。
- 生活ルールの指導: 「生活のルール(ごみ捨て等)を教えるのが大変」といった悩みも20.7%の施設で挙げられており、日本の文化やルール(ゴミの分別、交通ルールなど)を十分に伝えるための生活オリエンテーションや支援が必要です。
まとめ:外国人材との共生が切り拓く介護業界の未来
技能実習制度が廃止され、育成就労制度へと移行することは、外国人材を「国際貢献の名の下の研修生」から「人権が保障された労働者」へと位置づけ直す、日本の人材戦略における大きな変化です。この変化は、特に特定技能制度との連携を深め、介護福祉士資格取得を通じた長期的なキャリア形成に焦点を当てることを企業に求めています。
介護施設は、この移行期を乗り切り、優秀な外国人材に「日本」そして「自社」を選び続けてもらうために、以下の3つの戦略を実行することが不可欠です。
- 特定技能・介護ビザへの確実な移行パスを設計すること:期間制限のある特定技能制度から、永続的な在留が可能な在留資格「介護」へのステップアップを可能にする体系的な資格取得支援(42.6%の施設が実施)と、合格後のリーダー職へのキャリアパス(49.8%の施設が整備)を明示すること。
- 待遇の公平性を徹底すること:日本人と同等以上の待遇(57.9%の施設が重視)を提供し、経費負担の大きさ(45.8%が悩み)を克服するため、夜勤機会の確保など収入増加への配慮を行うこと。
- 生活・文化サポートを強化すること:住居支援(84.7%の施設が実施)を徹底し、日本語学習支援(51.1%が悩み)と、文化の違い(39.6%が悩み)を尊重した心理的に安全な職場環境を構築すること。
外国人材の活用は、単なる人手不足の解消に留まらず、多様性の向上、利用者への新たなケアアプローチ、そして日本人職員の働き方を見直すきっかけとなり、施設の持続可能な未来を築く礎となります。企業担当者は、この制度移行を「採用競争の激化」と捉えるだけでなく、「組織を高度化するチャンス」として捉え、戦略的な体制整備を急ぐ必要があります。
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