深刻化する介護人材不足と外国人材採用の必須性
日本の介護現場が直面している人材不足は、単なる一時的な現象ではなく、深刻な構造的課題です。内閣府の将来推計によると、高齢者1人を支える生産年齢人口の数は2024年の2.0人から、2070年にはわずか1.3人にまで低下する見込みであり、介護サービスへの需要は今後も高まり続けることが予想されています。
このような背景から、外国人材の採用と雇用は、もはや選択肢ではなく、持続可能な介護事業運営のための必須戦略となっています。全国の介護施設の44.9%が既に外国人介護人材を受け入れており、さらに受け入れ施設の57.4%が今後も受け入れを増やしたいと考えていることから、現場の外国人材への期待の高さがうかがえます。外国人介護人材の活用は、若手労働力の確保や、日本人応募者が集まりにくい地方施設での採用を可能にするメリットがあります。
日本の介護現場における外国人材採用の現状
介護分野で働く外国人労働者数は増加傾向にあり、2023年12月末時点で、特定技能は28,400人、在留資格「介護」は9,328人、技能実習は14,751人が在留しています。最も活用されている制度は「特定技能」であり、外国人介護人材を受け入れている施設の64.8%がこの制度を利用しています。また、「特定技能」は将来的に最も増やしたい在留資格としても74.0%の施設に支持されています。
しかし、外国人介護人材の雇用は、日本人スタッフの採用とは異なり、渡航手続き、ビザ申請、生活支援など、多岐にわたる初期費用と継続的な運営コストが発生します。これらの費用負担は、特に初めて採用を検討する企業担当者にとって、大きな懸念事項となっています。
外国人介護士雇用にかかる初期費用と運営コストの全体像
外国人介護人材を採用する際、初期費用が総額で100万円を超えるケースもあると言われています。これは、日本人スタッフの雇用時にかかる共通コストに加え、在留資格の種別によって発生する「採用関連費用」「在留資格取得関連費用」「生活関連費用」などが加算されるためです。
在留資格別に見る採用コストの構造的違い
外国人介護人材を受け入れる主な在留資格には、特定技能、技能実習、EPA(特定活動)があります。どの制度を選択するかによって、費用の内訳や相場、負担の性質(一時的な初期費用か、継続的なランニングコストか)が大きく異なります。
| 費用項目 | 特定技能(1号)の相場 | 技能実習の相場(3年間総額) | EPA(特定活動)の相場(4年間総額) |
|---|---|---|---|
| 採用・紹介料 | 10万~30万円程度、または想定年収の10~15% | 現地送り出し機関費用:12万円程度 | あっせん手数料:144,540円/人(マッチング成立時) |
| ビザ申請・諸費用 | 10万~20万円程度(外部委託時) | 在留資格申請費用:4万円程度 | 求人申込手数料:22,000円または33,000円 |
| 外部委託/監理費 | 登録支援機関委託料:2万~4万円/月 | 監理団体監理料:3万~5万円/月 | 滞在管理費(年額):11,000円または22,000円 |
| 渡航費 | 10万円程度 | 7万円程度 | JICWELSの定めによる |
| 日本語/研修費用 | 支援計画に基づき発生 | 入国前講習:10万~20万円、入国後講習:10万~20万円 | 日本語研修機関への支払い:286,000円~396,000円 |
| 住居準備費用 | 敷金や家具・家電購入など初期費用 | (生活費として研修中6万~7万円/月) | 施設側負担 |
| 総額目安 | 初年度で100万円超えるケースあり | 給与等除き3年間で200万円前後 | 給与等除き4年間で90万円前後 |
【特定技能】初期費用と義務的支援のランニングコスト
特定技能は、即戦力となる外国人を受け入れることを目的とした制度であり、他の在留資格と比較して制約が少なく活用しやすい制度であると言えます。
採用費用として、人材紹介会社を利用した場合、10万~30万円程度、または外国人材の想定年収の10~15%の人材紹介料が発生します。また、現地の送り出し機関を通す場合、ベトナムの例では想定給与額の1〜3カ月分が必要とされます。
特定技能制度の大きな特徴は、「義務的支援」が課せられている点です。これは、生活環境の整備や日本語教育など多岐にわたるため、多くの施設が登録支援機関に業務委託しています。この委託費用が、毎月のランニングコストとなります。登録支援機関への依頼では、月2万~4万円程度の費用が発生します。初期費用(ビザ申請含む)と合わせて、登録支援機関への委託費用は、初期費用として約30万〜40万円、月額支援費として2万〜3万円程度が目安とされています。
さらに、渡航費用(約10万円程度)や、賃貸物件の敷金や家具・家電の購入といった住居準備費用も施設側で負担する必要があり、これらが初期費用の総額を押し上げます。
【技能実習】監理団体への支払いと3年間の総費用
技能実習制度は、国際貢献を目的とし、技能移転を行うための制度です。技能実習生を受け入れる施設は、監理団体への加入が必須となります。
監理団体への支払いが主な費用構造となり、給与・福利厚生費などを除く3年間の受け入れ費用総額は200万円前後に達します。
入国前に必要な費用として、監理団体入会金(10万円前後)、現地送り出し機関に支払う費用(12万円程度)、入国前講習費用(10万~20万円)などがあります。
入国後から実習開始後も、監理団体と送り出し機関への継続的な監理料が発生します。これは実習生1人当たり月3万~5万円であり、これに年会費(10万円程度)が加算されます。また、実習生は入国後に日本語と介護技術の講習を受ける必要があり、その費用も発生します。
【EPA】政府主導制度における費用と国の支援
EPA(経済連携協定)に基づく介護福祉士候補者制度は、公益社団法人国際厚生事業団(JICWELS)が調整機関として管理しており、費用はJICWELSの定めに従います。
この制度の魅力は、政府主導の枠組みであるため、給与等を除く受け入れ費用が他の制度よりも低く抑えられている点です。国家資格取得時期や出身国によって異なりますが、受け入れ費用は4年間で90万円前後が目安とされています。
主な費用として、マッチング成立時にJICWELSへ支払うあっせん手数料(144,540円/人)や、滞在管理費(年額11,000円または22,000円)があります。また、候補生は来日前に日本語研修を受けますが、その研修機関へ支払う費用として、ベトナム人候補者で286,000円/人、インドネシア人・フィリピン人候補者で396,000円/人などが発生します。
費用負担を伴う「定着支援」に必要な具体的な内訳
外国人介護人材を単に採用するだけでなく、長期的に「人財」として定着させ、雇用を継続するためには、初期費用を上回る継続的な支援コスト(時間的・金銭的)を投資する必要があります。
採用後に施設が重視する住居・生活支援費用
外国人介護人材の定着に向けた支援として、施設の53.5%が「住居提供の配慮などの生活支援」を重視しています。外国人材の採用においては、居住の確保が課題となることが指摘されており、日本人スタッフの雇用よりも割高になる傾向があります。
施設は、渡航費用や、敷金・家具・家電購入などの住居準備費用を負担することがあります。実際、受け入れ施設は、住宅における水道光熱費負担の免除・一部免除(21.4%)、生活支援・相談(78.0%)、通勤支援(66.0%)、インターネット環境の整備(67.4%)などの住居支援や施設内支援を実施しています。
地域によっては、外国人へのアパートの貸し出しに関する地域の理解不足が悩み事として挙げられており、住居確保の難しさが指摘されています。これに対応するため、自治体と連携した住環境整備や、市営住宅等の複数名での利用活用を求める意見も出ています。
資格取得と日本語能力向上を支える育成コスト
外国人介護人材の多くは、将来的に介護福祉士の資格を取得し、在留資格「介護」(永続的な雇用が可能で、家族帯同が認められる)へ移行することを目標としています。しかし、日本語での国家試験合格は極めて困難な挑戦であり、専門用語の理解、漢字の読み書き、日本特有の制度への理解など、日常会話レベルを超える言語的・文化的な壁が存在します。
施設は、この高いハードルを乗り越えられるよう、育成費用を負担する必要があります。
- 研修・学習支援の提供: 介護職員初任者研修から実務者研修、そして介護福祉士へと段階的にステップアップできる環境を整備することが効果的です。また、勤務時間内での研修受講を認めたり、受験費用を施設が負担する制度を導入することで、学習意欲を高めることができます。
- 日本語学習の強化: 74.6%の施設が日本語能力N3以上の水準を希望しており、語学力向上が定着への課題として挙げられています。日本人スタッフによる勉強会を定期的に開催し、専門用語の理解や試験対策をサポートする体制が有効です。厚生労働省は、日本語能力試験N3程度合格などを目的とした、「にほんごをまなぼう」という日本語自律学習支援WEBコンテンツを無料で提供しており、これを活用することも可能です。
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コミュニケーションと文化理解のためのコスト
外国人介護人材の増加に伴い、コミュニケーション不足や文化の違いによる課題、トラブルが生じた施設も一定数あります。外国人材の採用を検討していない施設にとっても、言語の壁や文化・宗教の違い、費用面、受け入れ体制不足が大きな懸念となっています。実際にトラブルが発生した施設のうち、30.3%が職員等社内トラブル、19.7%が近隣住民とのトラブルを経験しています。
これらのトラブルを未然に防ぐためには、日本人スタッフへの異文化理解研修の実施 や、外国人材の国の文化や信仰を尊重し、「働きやすい」環境を作るための配慮コストが必要です。例えば、宗教上の理由でお祈りが必要な時間帯に持ち場を離れることを認めるなど、協力体制を整える対応が求められます。
また、日本人スタッフには、医療・介護の専門用語や日本語特有のニュアンスを理解してもらうため、「ゆっくり、簡単な日本語でコミュニケーションを取る」などの配慮が求められます。
介護施設が直面する費用負担以外の主要課題と対策
外国人介護人材の雇用においては、金銭的なコストだけでなく、制度的な課題や競争激化というリスクも伴います。これらの課題を理解し、対策を講じることが、コストをかけた採用投資を成功させる鍵となります。
人材獲得競争の激化と選ばれる職場づくりへの投資
特定技能「介護」の在留者数は増え、応募も集まりやすい傾向にありますが、同時に国内での外国人材確保の競争も激化しています。
特に注意すべきは、2025年4月より特定技能外国人の訪問介護への従事が解禁されたことです。これは、深刻な人手不足にある訪問介護員(有効求人倍率15.53倍)の解消に不可欠な措置ですが、施設系事業者にとっては大きな脅威となります。
- 人材の奪い合いの可能性: 資金力のある訪問系の大手事業者による人材獲得が始まると、施設系事業者との間で人材の奪い合いになる可能性が高まります。
- 高スキル人材の流出リスク: 日本語力が高い介護経験者ほど、より条件の良い訪問系の求人へ流れる可能性が推測されています。
日本が外国人労働者に選ばれる職場であり続けるためには、労働環境や待遇の改善、キャリア支援、IT技術の導入など、魅力的な職場を維持する努力が不可欠です。これは、日本人職員と同等以上の待遇(57.9%の施設が重視)を提供することを含みます。
また、将来的に介護福祉士資格を取得したいという外国人は非常に多いため、受け入れ側が彼らのキャリアに向き合える体制がなければ、転職されてしまうリスクが高まります。資格取得後の基本給の向上や、主任やリーダー職への昇進機会を提供することで、長期的なモチベーションの維持につながります。
費用負担軽減と持続可能な「外国人材雇用」のための制度活用
外国人介護人材の採用・育成にはコストがかかりますが、国や自治体の制度を活用し、負担を軽減する対策が求められています。
- 助成金・補助金制度の活用: 採用にかかるイニシャルコストや、生活関連費用(居住の確保など)の一部を軽減するため、国や市町村の補助金や助成金を活用することが考えられます。
- IT/ICTの活用による業務負担軽減: 外国人介護職員の受入れ・定着に向けたICTの活用による環境整備について、厚生労働省の補助事業で事例集が作成されています。ICTツールの活用は、緊急時の対応を適切に行えるようにする観点からも、積極的に活用することが望ましいとされています。
- 制度改革の要望: 介護現場からは、国や自治体に対し、費用負担の軽減だけでなく、「特定技能の5年後の帰国義務の緩和」や「厚生年金の脱退一時金の是正」、「自治体と連携した住環境整備」などを求める意見が寄せられています。
まとめ:コストを上回る外国人材活用の戦略的価値
外国人介護士の雇用は、単なる人手不足への対症療法ではなく、施設運営の質を高め、持続可能性を確保するための戦略的な投資です。
初期費用が100万円を超える可能性がある外国人材の採用は、確かに日本人スタッフの採用よりも割高に感じるかもしれません。しかし、このコストの大部分は、「定着のための支援」と「育成」、そして「法令遵守のための外部委託」に費やされます。特に特定技能制度では、登録支援機関への月額委託料(2万~4万円)が継続的に発生します。
外国人介護士の採用と定着を成功させる鍵は、以下の3点に集約されます。
- 在留資格の選択と計画的な予算策定: 自社のニーズ(即戦力か、育成か、永続的雇用か)に合わせて最適な在留資格(特定技能、技能実習、EPA、在留資格「介護」)を選択し、採用・支援にかかる費用を明確に洗い出すこと。
- 「日本人と同等以上」の待遇と明確なキャリアパス: 待遇面で差別を行わず、将来のリーダーや管理者としての育成を見据えたキャリアパス(介護福祉士取得後の昇給・昇進機会など)を具体的に明示すること。
- 包括的な定着支援と異文化理解: 住居確保、日本語学習支援、そして文化的・宗教的な配慮を含む包括的な生活支援を行い, 日本人スタッフと外国人材の相互理解を深める努力を継続すること。
外国人介護人材の採用におけるコストは、未来の介護現場を支える「多様性と安定した労働力」を獲得するための、必要不可欠な先行投資と捉えることができます。コストの内訳を把握し、助成金などの負担軽減策も活用しながら、戦略的な外国人材雇用を進めることが、日本の介護の未来を切り開くでしょう。
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