EPA介護福祉士のポテンシャル
日本国内における少子高齢化の急速な進行に伴い、介護現場における「人手不足」は深刻な経営課題となっています。2025年には高齢者人口が約3,657万人に達し、介護人材が約32万人不足するという推計もある中、外国人材の活用は選択肢の一つではなく、事業継続に不可欠な戦略となりつつあります。
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数ある外国人材受け入れ制度の中でも、特に高い専門性とポテンシャルを持つ人材として注目されるのが「EPA介護福祉士」です。しかし、技能実習や特定技能といった他の在留資格との違いや、国家試験の壁、そして採用後の「定着支援」の難しさに直面する採用担当者も少なくありません。
本記事では、EPA介護福祉士制度の基礎知識から、候補者が直面する試験の現実、そして組織として取り組むべき定着支援とキャリアパス構築について、最新のデータと事例を交えて解説します。
EPA介護福祉士とは?
経済連携協定に基づく受け入れの定義
EPA(経済連携協定)とは、貿易の自由化や投資、人の移動などを含む幅広い経済関係の強化を目的として、国同士が締結する協定です。EPA介護福祉士候補者の受け入れは、この協定に基づき、特例的に外国人看護師・介護福祉士候補者を受け入れる枠組みとして開始されました。
重要な点は、この制度の建前が「日本の労働力不足への対応」ではなく、あくまで「二国間の経済活動の連携強化」にあるということです。しかし実態としては、日本の介護現場における人材確保の手段として機能しており、受け入れる側(日本)と送り出す側(相手国)双方にとって、雇用機会の創出や技術習得といった実利的な側面が大きくなっています。
候補者は、日本の介護施設で就労・研修を行いながら、日本の国家資格である「介護福祉士」の取得を目指します。もし国家試験に合格すれば、在留期間の更新制限がなくなり、家族の帯同も可能になるなど、事実上の永住に近い形で日本でのキャリアを築くことが可能になります。
対象となる3カ国と受け入れ調整機関
現在、EPAに基づいて介護福祉士候補者を受け入れているのは、インドネシア、フィリピン、ベトナムの3カ国に限られています。受け入れ人数には枠があり、各国年間300人程度までと設定されていますが、これは国内労働市場への影響を考慮したものです。
採用プロセスにおいて中心的な役割を果たすのが、唯一の受け入れ調整機関である「国際厚生事業団(JICWELS)」です。民間の人材紹介会社が自由に斡旋できる特定技能や技能実習とは異なり、EPA候補者の募集や施設とのマッチングは、この公的な機関を通じて公正に行われます。そのため、他の団体や個人がEPA候補者の斡旋を行うことは禁止されています。
技能実習や特定技能との決定的な違い
人事担当者が最も混同しやすいのが、技能実習制度や特定技能制度との違いです。それぞれの制度目的と特徴を比較整理することで、自施設に最適な人材戦略が見えてきます。
まず「技能実習」は、開発途上国への技能移転(国際貢献)を目的としており、在留期間は最長5年です。一方、「特定技能」は深刻な人手不足に対応するための「労働力」確保を目的としており、即戦力が求められます。
これらに対しEPAは、入国時点で高い基礎学力や看護・介護のバックグラウンドを持つ層を対象としており、最終ゴールが「介護福祉士国家資格の取得」に設定されている点が最大の特徴です,。特定技能が「即戦力」であるのに対し、EPAは「将来の中核人材・リーダー候補」としてのポテンシャル採用に近い側面があります。
EPA介護福祉士: 採用から入国、配属までのプロセスと日本語研修
厳格な要件とマッチングの仕組み
EPA介護福祉士候補者になるためには、送り出し国側で厳しい学歴・資格要件を満たす必要があります。例えばインドネシアやフィリピンでは看護学校の卒業や高等教育機関での学位取得、政府による介護士認定などが求められます。ベトナムにおいても3年制または4年制の看護課程修了者である必要があり、看護・介護への関心と適性が担保されているため、業務内容のミスマッチが起こりにくいという利点があります。
採用プロセスは、JICWELSによる求人募集から始まり、現地面接などを経て候補者とのマッチングが行われます。その後、訪日前と訪日後の両方で手厚い日本語研修が課されるのが一般的です。
国によって異なる日本語研修期間とレベル
特筆すべきは、国によって日本語研修の期間や入国時の要件が異なる点です。
• インドネシア・フィリピン: マッチング後に訪日前研修(6ヶ月)を行い、N4程度以上の日本語能力で入国します。その後、訪日後研修(6ヶ月)を経て就労を開始します。
• ベトナム: 訪日前研修が12ヶ月と長く、日本語能力試験N3以上の取得が入国の実質的な条件となっています。入国後は2.5ヶ月の研修を経て配属されます。
この「入国時の日本語レベルの差」は、その後の国家試験合格率や現場でのコミュニケーション円滑化に大きな影響を与えます。ベトナム人候補者は入国時点でN3以上が担保されているため、現場への適応が比較的スムーズであるというデータも出ています。
介護福祉士国家試験の合格率と現状
全体的な合格率と外国人材の壁
EPA候補者にとって最大の試練は、介護福祉士国家試験です。日本人も含めた全体の合格率が80%を超える一方で、外国人全体の合格率は40%前後と大きな開きがあります。さらにEPA候補者に限定してみても、国や年度によって合格率にはばらつきがあります。
試験に合格できなければ、EPA候補者は原則として4年で帰国しなければなりません(不合格でも条件により1年の延長が認められる場合もあります)。施設側としては、4年間かけて育成した人材が帰国してしまうリスクを常に抱えることになります。これが「採用が難しい」「定着が難しい」と言われる一因です。
なぜベトナム人候補者の合格率が突出しているのか
国別の合格率を見ると、ベトナム人候補者の実績が際立っています。例えば第35回試験では96.1%、第36回でも86.4%という驚異的な合格率を記録しており、これは日本人の合格率をも上回る水準です。
この背景には、前述した「入国時の日本語要件(N3以上)」の高さに加え、ベトナム国内の基礎学力の高さ(数学・読解力など)が影響していると考えられます。基礎的な日本語力が固まっているため、現場でのOJTや専門用語の習得効率が高く、試験勉強にもスムーズに移行できるのです。
試験の難易度を下げるための特例措置
外国人にとって、漢字や専門用語が並ぶ試験は非常に難解です。そのため、EPA候補者に対してはいくつかの特例措置が設けられています。
• 問題用紙の漢字すべてに「ふりがな」を付記する。
• 試験時間を通常の1.5倍に延長する。
これらの配慮はありますが、それでも合格には相当な学習量が必要です。特に再受験者(一度落ちた人)の合格率は初受験者に比べて低くなる傾向があり、「モチベーションの維持」や「正しい勉強法」の指導が課題となっています。
現場が直面する課題と「定着」の重要性
深刻な人手不足と離職率のリスク
日本の介護現場における課題の根本には「人手不足」があります。採用してもすぐに辞めてしまっては、採用コストや教育コストが無駄になるだけでなく、現場の疲弊を招きます。外国人労働者の離職率は約45%というデータもあり、いかにして「定着(リテンション)」を図るかが経営の生命線となります。
EPA候補者の場合、試験不合格による帰国という制度的な離職要因に加え、人間関係や待遇への不満による途中帰国や失踪のリスクもゼロではありません。特に、円満な人間関係が築けないことや、希望するキャリアパスが見えないことは大きな離職要因となります。
言語と文化の壁によるコミュニケーション不全
現場で最も頻繁に起こる問題はコミュニケーションの齟齬です。N3レベルの日本語力があっても、介護現場特有の専門用語や方言、そして日本特有の「行間を読む」文化(ハイコンテクスト文化)には対応しきれないことがあります。
例えば、「これ片付けておいて(=元の場所に戻して)」という指示を「捨てて」と解釈してしまったり、宗教的な理由で「No」と言いにくい文化圏のスタッフが曖昧な返事をしてトラブルになったりするケースが報告されています。こうした小さな誤解の積み重ねが、日本人職員との溝を深め、外国人材の孤立(離職)を招く原因となります。
支援義務と法的コンプライアンスの視点
特定技能制度では、受け入れ企業や登録支援機関に対して具体的な「支援義務」が課されていますが、EPAにおいても同等かそれ以上の支援体制が求められます。支援計画の策定や実施を怠れば、制度の趣旨に反するだけでなく、人材の流出を招きます。定着支援は単なる福利厚生ではなく、コンプライアンスおよび経営戦略上の必須事項と捉えるべきです。
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